第一話 会社員時代 会社を辞めたい中年おじさんへ送ります。

一人で事業をしている私人生報告書

第一話 会社員時代

私は22歳の頃から会社勤めをしていました。小さい商社でした。取扱商品は多岐にわたり小さいながらもそこそこの業績をだしている会社だったので、私は安心して働いていました。しかしその会社が業績不振ではなく、ちょっとした外部とのトラブルで休業することになってしまいました。

当時ご贔屓にして頂いていたユーザー様から、引き続き私と取引がしたいとお願いされました。正直そのトラブルがあまりにも酷いものだったので、もう違う業界に移りたいと思っていたのですがいくつかのユーザー様から強くお願いされていた事と、ある違う業種の会社から「ウチにきて引き続きやってみたら」と誘われたこともあり、当時はまだ若かったので「失敗しても何とかなるだろ」と軽く考え、誘われた会社で一人で事業を始めることにしました。

結論から言えば10年以上も続きましたのでやってよかったと今でも思っています。一人で動いていますので就業時間以外は基本自由にやらせて貰っていました。その代わり給料は出来高制というルールでした。会社が決めたノルマを超えないと給料は増えないルールだったので、ボーナスなしという年もありました

まぁ入社してから決められたルールなので正直厳しすぎるルールでした。ノルマを超えてもアップは月5,000円、ノルマに足りなかったらダウンは月50,000円というウソのようなルールでやらされてしまいました。金額の差し引きはボーナスで清算というルールだったので、そりゃあボーナスなしになるはずです。ある程度結果を出した後にさすがに交渉して改定してもらいました。

それでも事業は順調に進んでいて、少ないながらもキチンと給料は出て休みも自分で調整できるので不満は特にありませんでした。ただある日を境に会社の様子がガラッと変わりました

その会社の体制というか方針がガラリと変わり、それまで会社の中心にいた役職クラスや30歳前後のこれからドンドン成長していく年代が次々に辞めていきました。辞めていった人の中には創業メンバーや若手のまとめ役、次代の営業のエース候補もいました。残ったものは入社して1~3年以内の人か他に行く当てのない古株だけになっていきました。

一人違う事業をしていた私は元々厳しい条件だったので特に影響もなく、そのまま引き続きお世話になっていました。
事業は順調そのもので休みもしっかり取れる。後は給料さえもう少し増えれば(周りの同年代の人に話すと「よく暮らしていけるな」と口を揃えて言われてました)大満足だったのですが、社内の雰囲気はドンドン悪いほうに進んでいきました

人手も少なくなりましたので皆、サービス残業のオンパレード。違う事業なので一人定時に帰っている私はどう見られていたのでしょうか。ただ言わせてもらうとそんな環境になってもみんな私よりいい給料を貰ってましたし、ノルマで減額されるという条件はなかったので、特に遠慮することもなく帰らせて貰っていました。

いろいろありましたが月日は流れ、50歳を目前にしたある日、仕事がなくなりました

第二話へつづく

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました